院内で発生する転倒・転落・誤嚥・器具の取り違えといった事故は、医療過誤に比べると軽視されがちですが、実際には患者の生命・健康に直結し、訴訟へ発展するケースも少なくありません。先日の裁判シリーズで紹介した「高齢患者の転倒事故」もその典型例でした。裁判所は「予見可能性があるにもかかわらず合理的な防止策を怠った」と厳しく判断し、多額の賠償命令を下しました。
ここでは、こうした院内事故を未然に防ぎ、再発を防止するためのリスクマネジメントの仕組みづくりについて考えていきます。
クリニックのリスクマネジメントシリーズ:院内事故・インシデント対応
1. インシデント報告を文化にする
事故防止の第一歩は「ヒヤリ・ハット」の共有です。ヒヤリとした、ハッとした出来事は、重大事故の前兆であることが多く、これを現場全員が安心して報告できる文化を作ることが重要です。
- 報告は責任追及ではなく改善のため
- 簡易な入力フォームやチェックシートでハードルを下げる
- 報告後は必ずフィードバックを返し、現場に改善の手応えを実感させる
事故が起きてからの対応では遅すぎます。小さなヒヤリを組織で拾い上げ、事故の芽を摘む仕組みが不可欠です。
2. リスクアセスメントの仕組み化
患者ごとに転倒リスクや誤嚥リスクは異なります。入院時・初診時に必ずリスクアセスメントを行い、リスクに応じた対応策を個別に設定しておくことが求められます。
- 高齢・既往症の有無・歩行能力などをチェック
- 「転倒リスクあり」と判断されたら、ベッドセンサー、手すりの設置、付き添い強化などの対策を即導入
- 定期的にリスク評価を見直し、状態変化に対応する
リスク評価の手順をマニュアル化し、誰が担当しても一定水準の安全管理が担保されるようにすることが重要です。
3. 安全対策を標準化する
事故防止には現場任せにせず、標準化された仕組み を作ることが欠かせません。
- ナースコールの配置や作動確認を毎日ルーチンに組み込む
- 廊下やトイレまでの動線を安全に保つ(段差解消・床清掃)
- 夜間はセンサーや見守り体制を強化し、リスク患者は重点的にケアする
これらを日常業務に組み込むことで、属人的な「気づき」ではなく、組織的な「仕組み」でリスクを抑制できます。
4. スタッフ教育と意識改革
仕組みを作っても、現場のスタッフが「面倒だから省略してしまう」と意味がありません。定期的な教育と意識づけが欠かせません。
- 新人研修に「インシデント報告と再発防止」の重要性を組み込む
- 定例ミーティングで事例を共有し、学びを蓄積する
- 「事故ゼロ運動」ではなく「報告ゼロを防ぐ文化」に重点を置く
事故は報告を隠すことが一番のリスクです。「誰でも報告できる雰囲気」を院内に浸透させることが経営の安定にも直結します。
5. 経営的視点でのインシデント対応
院内事故は、訴訟リスクだけでなく経営全体に大きな影響を及ぼします。
- 高額な賠償金の支払い → 経営圧迫
- 信頼失墜による患者離れ → 売上減少
- スタッフ士気の低下 → 離職率増加
事故防止の取り組みはコストではなく、経営リスクの最小化 に直結する投資です。リスクマネジメントを徹底する医院は、結果的に患者とスタッフの安心を得て、長期的な収益基盤を守ることができます。

まとめ
院内事故は「どこでも起こり得る」ものであり、決して他人事ではありません。転倒や転落は不可抗力のように見えても、裁判所は「予見可能性」と「合理的な防止策の有無」を厳しく判断します。
だからこそ、ヒヤリ・ハットを記録・共有し、リスクアセスメントと安全対策を仕組み化することが不可欠です。さらにスタッフ教育を通じて「報告は責任追及ではなく改善のため」という文化を根付かせれば、日常の小さな危険を組織全体で減らしていけます。
裁判シリーズで示された事例のような高額賠償を避けるためにも、今日から「事故を未然に防ぐ仕組みづくり」を始めましょう。
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